電力業界における新たな変革の波:増加する電力需要と上場インフラ企業への影響
電力業界における新たな変革の波:増加する電力需要と上場インフラ企業への影響
公益企業、ミッドストリーム事業者および原子力発電企業はデータセンターの成長、製造業の発展および経済の電化による恩恵を享受
要 旨
- 電力需要の促進要因
人口の増加、人工知能(AI)に牽引されたデータ処理、精密製造、経済の電化が、過去に例を見ないほどの電力需要の増加をもたらすと思われます。 - インフラ企業に及ぼし得る影響
加速する電力需要は上場インフラ企業に多大な影響を及ぼすことになり、複数のインフラ関連事業がこのテーマに焦点を合わせています。 - 公益企業、ミッドストリーム事業者および原子力発電企業に注目
独立系電力会社と総合公益企業が最も大きく恩恵を享受することになると考えられますが、データセンターの信頼性の高いエネルギーに対するニーズは、天然ガスパイプラインを保有・運営するミッドストリームにも事業機会をもたらすでしょう。
世界の電力需要が増加
人口の増加、人工知能(AI)に牽引されたデータ処理、精密製造、経済の電化が、過去に例を見ないほどの電力需要の増加をもたらすと考えられます。こうした現象は、上場インフラ企業に対して大きな事業機会を創出すると同時に、潜在的な課題をもたらしています。米国の電力需要は過去 20 年近くにわたってほぼ横ばいで推移してきましたが、近年、増加に転じています。当社は、電力総需要が 2030年まで年平均2.5%程度のペースで増加すると予想しています(図1)。一部の公益企業では、需要の伸びが5%を超えると予想されます。
図1
80年代に回帰:電力需要は増加へ
年平均増加率(%)
2024年8月31日時点。出所:米国エネルギー情報局、コーヘン&スティアーズ。
主に以下3つの要因が電力需要の増加をもたらしています。
- AIの活用を支えるデータセンター
- 精密製造
- 電化
多くの投資家は、電力需要の増加が勝者だけでなく、敗者も生む可能性があることを認識していないと思われます。
当社は、公益企業、ミッドストリーム事業者(天然ガス需要を反映)および原子力発電企業にとって、事業機会が生じると考えています。しかしながら、規制上における微妙な違いを的確に把握し、話題としての盛り上がりと実態とを区別することが重要です。インフラ市場の調査に特化しているアクティブ運用会社は、真の受益者を特定するうえで優位にあると考えています。
データセンターは電力需要の主要なドライバー
マッキンゼーの調査によると、米国のデータセンターの電力需要は2023年から 2030年までに4倍に増加すると予想されています(図2)。また、ゴールドマン・サックスの調査では、総電力需要に占めるデータセンターの割合は現在のわずか3%から 2030年までに11.5%に増加すると推定しています。こうした需要に応えるためには、米国の発電能力に対する500億ドルをはるかに超える投資が必要になります。また、電力供給の信頼性を支え、新規発電施設とユーザーをつなぐための送電網や関連設備への投資額は、数百億ドル規模に達すると予想されます。
図2
米国のデータセンターの電力需要は2030年までに4倍に膨らむ見込み
米国のデータセンターのエネルギー消費量(TWh)
2023年9月1日時点。出所:マッキンゼー・アンド・カンパニー。
ハイパースケーラーの間では、AIモデルの構築と収益化を巡って激しい競争が繰り広げられています。(「ハイパースケーラー」とは、グローバル規模で広範なデータセンター網を展開し、重要性の高いクラウド・コンピューティングおよび関連サービスを提供する大手テクノロジー企業)学習、推論を含むAIのワークロードは、非AIアプリケーションに比べてはるかに高い計算処理能力を必要とします。
このため、ハイパースケーラーはAIモデルの構築と維持のために積極的な設備投資を行うと予想され、米国のハイパースケーラーの電力需要は 2030 年代前半までに 50GW 以上増加すると考えられます。ちなみに、50GWの電力は、およそ5,000万世帯の電力消費量に匹敵します。長期的には、ハイパースケーラーのAIモデルを収益化する能力が、電力需要の持続的な増加の鍵を握ることになります。さらに、公益企業や開発業者がこうした需要を満たすことができるかどうかについては、現時点では不明です。
電力使用量の増加は、米国に限られた現象ではありません。当社は、世界の電力需要は2020年代末までに30%近く増加すると予想しています。
大手製造業の電力需要も増加
電力の需要増加はデータセンターによるものだけではありません。米国を中心に、精密製造など、エネルギー強度の高い生産活動を行う企業のオンショアリングが長期的に電力需要の増加に大きな役割を果たすと思われます。
米国では、インフレ削減法、CHIPS法、インフラ投資・雇用法の導入が大きなインセンティブとなり、製造業の投資が拡大しています。さらに、パンデミックを機に複雑なグローバル・サプライチェーンが抱える課題が顕在化したことを受けて加速した非グローバル化の波も踏まえると、製造業のエネルギー需要は増加すると予想されます。
そして、すでにその兆候が見られています。米国連邦準備制度銀行のデータによると、製造業の総建設支出額は過去3年間にほぼ3倍に増加しています(図3)。また、多くの公益企業が、サービス提供地域内に新設された工場の電力需要を満たすため、新たに資源への投資を行っています。
図3
オンショアリングと政府の奨励策を背景に製造業の建設が急増
総建設支出額(百万ドル)
2023年7月1日時点。出所:セントルイス連邦準備銀行、米国国勢調査局。
電化が長期的な事業機会を創出
電力需要の増加をもたらすもう一つの要因は、世界的な家電製品の利用を含むモノのインターネット化の拡大、さらに電気自動車の増加です。ブルームバーグの推定によると、世界の電気自動車の販売台数は2023年の1,500万台未満から2040年には7,300 万台にまで増加するとされています。
プレシデンス・リサーチによると、世界の電化製品の導入台数は今後10年間で倍増(年平均増加率は8%)する見通しです(図4)。
図4
電化製品の利用拡大に伴い電力需要が増加
世界の家電市場の規模(10億米ドル)
2023年9月1日時点。出所:プレシデンス・リサーチ。
複数のインフラ事業に影響をもたらす電力需要
力需要の増加は、上場インフラ企業に多大な影響をもたらすと考えられます。複数のインフラ事業がこのテーマに焦点を当てています。
1. 電力需要の増加を満たす上で、公益企業は極めて重要な役割を果たす
電力需要の増加ペースは、送電網が対応できる量を上回っており、公益企業にとっては課題であると当時に、事業機会でもあります。
多くの公益企業は、需要の伸びの年間予想を上方修正しています。例えば、南東部を拠点とする、ある大手公益企業は、サービスを提供する地域における2025年から2028年までの電力需要が年間約9%増加(年間成長率約0.5%からの上方修正)すると予想しており、その増加分の80%をデータセンターが占めています。
総発電量に占めるデータセンターの電力消費量の割合は拡大基調をたどっているため、料金設定を巡る懸念が浮上しています。具体的には、一般家庭顧客が結局はデータセンターの電気料金を間接的に負担する格好になるのではないかという懸念です。これは、公益企業規制当局には受け入れがたい結果となる可能性があります。
さらに、公益企業の中には潜在顧客の求める電力必要量に追いつかないと明言する企業もあります。また、多くの地域では新たに発電所と送電システムの両方を建設するのに長いリードタイムが必要になります。こうした理由から、データセンターは、規制対象市場から離れて、代替のソリューションを模索しています。電力会社と公益企業のバリューチェーン全体にわたる制約は、供給の妨げになる可能性があります。
また、報告されている公益企業のデータセンターのパイプラインについては、相当な「二重計上」の可能性も認識する必要があります。データセンターは、 できる限り迅速に電力供給を獲得しようと、複数の公益企業に同時に相互接続の要請を提出していると当社は考えています。
全体的に見ると、現状、市場では料金設計とサプライチェーンを巡るリスクに当面は対応可能と考えています。データセンターやその他の需要の成長要因に対する楽観的な見方、そして金利の低下を背景に、S&P500公益事業指数は今年(8月まで)は約20%のリターンを創出しており、S&P500指数のリターンの19.5%を若干上回っています。
しかし、独立系発電事業者(IPP)、完全な規制公益企業および総合公益企業(自由化された発電事業にも従事する規制公益企業)を区別して考えることが重要です。
図5
電力会社および公益企業のビジネスモデル
2023年9月30日時点。出所:コーヘン&スティアーズ、ブルームバーグ。
2. 天然ガスの需要増はミッドストリーム事業者に恩恵を与え得る
ハイパースケーラーは一般的に、クリーンエネルギーへの投資に取り組んでいます。例えばマイクロソフトは、エネルギー需要拡大に対応するために風力発電と太陽光発電を提供する再生可能エネルギー開発会社と100億米ドルの契約をまさに締結したばかりです。
当社が懸念する課題は、太陽光発電と風力発電が従来のベースロード資源ほど信頼性が高くない(設備利用率は約30%vs.80~99%)ため、常時電力を必要とするデータセンターにとっては出力不安定の問題が生じ ているというということです。風力発電、太陽光発電、蓄電池などの代替エネルギーは成長の持続が予想されますが、確立されたインフラと信頼性を背景に、天然ガス(および原子力)は今後も極めて重要なエネルギー源であり続けると思われます。
実際、ゴールドマン・サックスは、2030年までのデータセンターの電力需要増部分について、60%は天然ガスで賄われ、代替エネルギーで対応できるのは残りの40%と推定しています。
電力需要増への対応を目的とした天然ガス火力発電に対するニーズによって、天然ガスのパイプラインを所有・運営するミッドストリーム事業者には大きな事業機会を生み出しています。
当社は、データセンターの需要により、2030年までに1日当たり最大100億立方フィートの天然ガス需要の増加を見込んでいます。そのため、既存システムの容量拡大と水平展開を目的とした、100億米ドル以上の高リターンの追加投資が必要であると考えています。上記を背景に、当社は天然ガス需要の長期年間成長率の予測を前回のゼロから 2%に引き上げました。
天然ガスは、石炭と石油よりもはるかにクリーンであり、風力や太陽光よりも信頼性の高いエネルギー源
3. 原子力は解決策の一つとなる見込み
既存および新設予定の原子力発電資産も、電力需要の増加に対応するための解決策の一つになると考えています。
エネルギー安全保障をめぐる懸念、電力需要の増加、再生可能エネルギーの出力不安定に関する継続的な課題を背景に、原子力ルネサンスが起こっています。消費者と政策当局は一般的に、原子力発電をクリーンで信頼性の高いエネルギー源と捉えています。注目すべきは、インフレ抑制法において原子力発電への60億米ドルの支援が含まれいることです。
しかし、先進国では、特に予算超過と建設期間の大幅な遅延が生じた長い歴史を考慮すると、許認可手続きが厳格な原子力発電所の新設は困難な状況です。
規制公益企業は、明確な規制や政府の保証なしに新規に原子力発電所への投資に踏み切ることに躊躇しています。その収益率が規制下にあるにもかかわらず、大規模投資に踏み切れば、株主と格付機関によって許容できないリスクと見なされる可能性が高いことが背景にあります。
既存の原子力発電所は運転期間が延長され、スタートアップ企業は、小型モジュール炉(SMR)のコスト引き下げに取り組むと予想しています。コスト引き下げを実現できるかどうかは不明ですが、既存の原子力発電所は、投資家がわずか数年前に評価したよりもはるかに価値が高くなっていると当社は考えています。
その点については、コンステレーション・エナジーは最近、ペンシルベニア州 に所在するクレーン・クリーン・エネルギー・センター(旧スリーマイル島1号機)の再稼働と、マイクロソフトとの20年間の電力売却契約締結を公表しました。この後、タレン・エネルギーとアマゾンも同様の契約を結び、タレンのサスケハナ原子力発電所が、アマゾン・ウェブ・サービスが掲げるクリーン・エネルギー目標の達成を支援する予定です。この種の取引は、規制当局の調査対象となるものの、その他の類似する仕組みの契約は、電力需要拡大への対応のための一つの解決策として模索されています。
したがって、原子力発電に関する規制緩和を受けて、総合公益企業とIPPには、データセンターと直接契約を結ぶことで、より高い収益力とキャッシュフローを維持し、持続可能な成長を実現する機会が生まれるとみています。
電力需要の増加はインフラ株に有利に作用する背景の一つ
全体的に、投資に対する規制当局の支援継続は引き続き極めて重要であるものの、当社の見方では、電力需要の増加は、上場インフラ企業に有利に働く広範な背景の一つにすぎません。
第一に、上場インフラ株のバリュエーションは魅力的な水準にあります。上場インフラ株は、グローバル株式に対して稀に見る割安な水準で推移しており、マルチプルは過去に比べて大きく低下しています。
また、上場インフラ株に有利に作用するマクロ経済環境に入りつつあるとも考えています。同資産クラスはこれまで、成長減速と予想を上回るインフレ率を示す局面において、良好な絶対リターンと相対リターンをあげてきました。
世界経済の成長が減速し、中央銀行が総じてハト派的な政策を打ち出すなか、インフラ資産の魅力度が高まってきています。
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S&P 500公益事業株指数は、世界産業分類基準(GICS)の公益事業セクターに分類される S&P 500指数の構成銘柄で構成されています。独立系発電事業者(IPP)、総合公益企業、全体が規制対象の公益企業の年初来の株主利回りは、S&P 500公益事業株指数のサブセクターの銘柄で構成されるコーヘン&スティアーズのカスタム・ベンチマークで測定されています。
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